実家と絶縁した場合、葬儀は出るべきか?

実家の親と何らかの事情で絶縁をしてしまい、
長期間連絡を取っていなかったとしても、
いつかは、親や親戚の葬儀に出席を要請されたり、
死去の連絡だけ来て、選択を迫られる事があります。

「絶縁をしたとは言っても、
 さすがに葬儀だけは出た方がいいんじゃないか」

「葬儀に出なかったら、親族一同から
 思いっきり非難をされるんじゃないか」

こういった心配をされる方も少なくありません。

人によっては、亡くなる以前の状況でも、
体が弱っており、あとどのくらい持つか分からない
そんな状況で、この問題について考え続けるのを
強いられるケースも発生するかと思います。

この記事では、そんな実家と絶縁をしている際の
葬儀の出席をすべきかという問題について、
解説していきます。

そもそも、絶縁とは何を指すのか

絶縁の定義は曖昧ですが、
体験談に共通して見受けられるのは

・親と縁を切り、居なかったことと同等に扱う

という点だと思います。

法律上で、子供と親という関係を絶つ法律は無く、
あくまでも”実質的な”絶縁であるということです。

・連絡先を変えてしまい、連絡が取れない状況にする
・郵便物を全て受取拒否、返送設定にする
・独身の場合、転居の際に保証人になってもらえなくなる
・結婚式などのお祝い事にも、一切参加してもらえない

など、その内容は双方様々ですが、いずれにしても
親や親族との関係を、一生戻らなくても断つ覚悟が必要です。

絶縁って、そういうものじゃないでしょうか?
中途半端な気持ちでやるものじゃない。

・親の価値観から抜けて自分の言いたいことを
 主張できるようになったことを絶縁と捉える人

・反りが合わないけど、たまに顔を合わす程度のことは
 お互いにしている、口頭上で絶縁とお互い言ってる人

などもいるようですが、

結局、葬式に参加する意思が最初から無いならば、
中途半端に付き合ったまま葬式だけ欠席するのは
より批判される理由になります。

徹底的にやる場合は、分籍の手続きをとって
戸籍上も関係が無いという状態にする人もいます。

ちなみに、絶縁を考える原因としてあるのは、

・幼少期のDV(虐待)
・モラルハラスメント

などですが、家庭環境や精神的に
追い詰められて親が行う事例ばかりでなく、
元々の本人の性格で、悪気なく行っている人も
世の中にはたくさんいます。

実家と絶縁して葬儀に出ないと起こること

実家と絶縁していることを理由に葬儀に出ないと

・産み育ててくれた人の葬儀に出ないということを
 他の親族から非難/軽蔑される可能性がある

・実家の近所で住んでいた人や、
 同じ地区の自治会の人などに対して
 自身や家族の世間体が悪くなるかもしれない

というデメリットがあります。

それらが気にならないという場合は、
必ずしも出る必要はありませんが、子供の一人として、
親の最後を見送るのは、役目のひとつと考える人は多いです。

また、絶縁をされているのが親だけで、
兄弟や、親の兄弟とは普通に交流をしている場合、
その人達の顔は立てたいという理由で参列する人もいます。

※子の方が自ら率先して親と縁を切るという場合、
兄弟や一部の家族とは関係を保つ、なんていうことは
覚悟が甘いと思われたり、親が認めないとは思うのですが。

また、自分の直接の親ではない、
親族が亡くなった時は、親と顔を合わせたくない場合、
香典のみを渡して帰るという手段もあります。

葬儀は、亡くなったご本人だけでなく、
残された家族の為に行われる意味合いも大きいので、
それを踏まえた上で、参列するかを検討しましょう。

また、絶縁と聞くと言葉の印象はよくありませんが、
小さい頃から虐待を受けたり、過去の行動や考え方に
どうしても許せないことがあった当事者にとっては、
葬儀を出ないことは、非常に繊細な、死活問題です。

葬式に出ることで、嫌な思い出が蘇って
嫌な思いを繰り返すだけだとしたら、

元々、心を落ち着かせるために絶縁したので、
自分の気持ちに嘘をついてまで、
参列するべきものではありません。

最終的には、他人と比較しても
どうしようもないテーマの話なので、
本人にしか分からない、決められないことです。

親や親族が亡くなったという知らせを聞いた時、
どう思いましたか?

どういった気持ちで
検索エンジンにキーワードを入力し、
この記事に辿り着いたのですか?

非難を浴びてでも、参列をせず絶縁を貫いて
親や家族との関係を断ち切ることが、
自分の生活や、家族を守ることに繋がるかどうか?

逆に、親の死に目などに立ち会えなかったことで。
自分自身が、この先一生、後悔をしないかどうか?

冷静に、自分の心に聞いてみてください。

後悔だけはしないように、
自分の気持ちに素直になって
決断と行動をされることを、願っています。